老人と老犬
　　　　　　　　　　名古屋市　　杉本　幸子（主婦）
　のどかな昼下がり。こんな日は洗濯や布団干しと家事に追われ何となく時を過ごしてしまうことが多い。だが今日も一日中家の中ではいかにももったいない。
　「ルナ！散歩に行こうか」と声をかけると、横で丸くなっていたのにピョンと飛びはねキュンキュンと嬉しさを体中で訴える。
　右手をリードの先の輪に入れその手に散歩用グッズと白杖を持つ。そしてリードの中間部を左手で握る。「さあ行こうか」の声に元気よく玄関を飛び出す。目的地は片道約30分の中村公園。何度も歩いているお気に入りの散歩コースで、私にとっても適当なウォーキングになっている。2,3キログラムとこんな小さな犬でも、盲導犬ではないのになぜか一緒にいると安心感を覚えるのが不思議だ。
　園内には落葉した枯葉がぎっしり、その枯葉を踏みならしながら池の周りの遊歩道を何週もした。仲間の犬を見つけては嬉しそうに近づき鼻と鼻をくっつけては「こんにちは」とご挨拶。それがすむと満足そうにしてまた歩き始める。
　帰り道、ぐいぐいとリードを引っ張り走るようにする。足を速めるとそこには80歳代と思われる男性がゆっくりと中型犬を散歩させていた。幼い子を連れているのと同じでお互いの犬の年齢を尋ねあう。18歳になるというその犬は目も見えず耳もほとんど聞こえなくなっていると話した。「これと歩いているとみんなが声をかけてくれてねぇ、本当にありがたい。18年間もいやしてくれたのだから最期まで看てやろうと思ってね」と老人は言う。
　犬を飼いたいと言い始めたのは私。ともに視覚障害の夫との二人暮らし。ちゃんと育てられるだろうか。でも一人で盲導犬と暮らしている全盲の人だっているのだから…。「あたりまえだよ、専門の訓練を受けているのだから」と夫。そして一昨年の4月、片手に乗るほどの小さな子犬が我が家にやってきた。メキシコ原産というのでスペイン語で「月」を意味する「ルナ」と名づけた。2月初めで2歳になった。
　今ではすっかり夫になついている。きっと私の方が先に逝くだろう。10数年後、体をいたわりながら散歩している老人と老犬の姿を思わず想像してしまった。